坂崎千春さん(後編)
3週に渡ってお届けしてきた坂崎千春さんのインタビューも今回で完結。後編の今回は、坂崎千春さんの絵本作家としての側面を掘り下げてみる。絵と文章で表現する絵本。その文章に込める気持ちや表現することに対する考えを、代表作を題材に伺った。
(聞き手:小林里咲(クレイテプス)/ 写真:近浦啓(クレイテプス)/ 収録:2007年4月23日)
ワンフレーズや一つの情景だけで強いことが伝えられる
―私が坂崎さんの書いた絵本に初めて出会ったのがこの「ずっとあなたのそばにいるよ」です。何度読んでも泣いてしまいます。坂崎さんはエッセイの中で、『私のつくる本はただ一人に向けたひっそりとした手紙』と表現されていましたね。
書く時は、読者という広くて不特定多数というのはあまり意識していないですね。友達であったり、両親や周りの人だったり昔の自分に宛ててだったり。特定の身近な人へ向けて、ということが多いですね。それがないと書けないという感もあります。大勢の人が好むようなものを、と意識しては書けないんです。
昔は気持ちが煮詰まらないと表現できなかったのが、歳を重ねてくると技術や手段を身につけて、うまく外に出せるようになってきた気がします。若いときは抱え込んで、自分の中にぐちゃぐちゃしていたものがありました。
でもそれがなければ今、表現できなかったと思います。そういう時期が必要だったんじゃないかと思うんです。楽しくて幸せだったら、創ることはしないかと思うんです。普段から表現もできていて周りにもうまく伝えられていたら、ものは創らなくてもいいのかなとも思います。
―私は大人になってから絵本を手にする事があまりありませんでした。この本に出会った時に、「絵本って奥が深いなあ。」と思いました。シンプルな言葉なだけに鋭く伝わってくるのだなあと思ったんです。
そうですね。長いお話や小説でも伝えられることはあるんでしょうけれど、私の絵本はイメージ的に「歌」のようなものかもしれません。
たまたま聞いたドラマの主題歌なんかでもぐっと来るような時ありますよね。ワンフレーズや一つの情景だけで強いことが伝えられるような、そういうことを絵本という形でできるんじゃないかと思うんです。
すごく嫌なことも、そのおかげで今があると思える
―坂崎さんのエッセイの「片想いさん」についてですが、絵本よりも、より坂崎さんの思い出や気持ちの内面の正直な部分がかかれているように思いました。
これはほとんど読み返してないですね。読むとよろよろとしてしまって(笑)。
―実際、どのような流れでこのエッセイを出すに至ったんでしょうか?
編集の方がお話を持ってきた時に、「文章でお願いしたい。坂崎さんは絶対文章が書ける人だと思います!」と言われました。「えー、そうですかね?」なんてのらりくらりと最初はかわしていたんですけどね。
以前に他の短いエッセイを読んでくださっていたのか、「もう少し長い文章もかけるはずです。」とプッシュされたんです。最初は架空の女の子が料理をしたり、恋の話もあるイラストエッセイ風の軽い話にしようという企画でした。ですが、それがなかなかうまく書けなかったんです。
今まで動物が主人公のものが多く、人間の女の子だと人物設定をするのが自分にとってはすごく難しいことに気が付いたんです。それで架空の女の子の話ではなく自分のことについて書いていく形になりました。書いていた時はその編集の方に手紙を書いているような感じでしたね。
またその方がやり手で(笑)。 「うーん、これでは伝わらない。」などと言われながら、鍛えられたような感じですよ。
―編集の方がいて、坂崎さんがいて、そういったことで新たに生まれたり、こっちの方がいいんだと気づくこともあるんでしょうか?
この時が初めてですかね。今まではキャラクター設定に関する希望は言われますけど、中身はほとんど自由にやらせてもらっていて、直されたりすることはあまりなかったんです。
初めて何度も書き直しました。直してみるとその方の言ってることがよくわかりました。共同作業のような形でしたね。最初はここまでプライベートなことを書かなくてよかったんですけど、ここまで書ける、書いてやる、勝負!みたいなノリになってしまいました(笑)。
―読み返さないとおっしゃってましたけど、「片想いさん」の中で思い出に残っていることなどありますか?
両親に対する想いや気持ちを再確認しましたね。本は恋の話が多いんですけど。今まで自分はそれほど幸せな子供とは思ってなかったんですよ。でも客観的にとらえると、自分は大事にされてきたし、愛はあったなと再確認しました。それは自分にとってとても大きかったです。
思春期の頃は親のことなどあまり考えず、自分の目先のことや友達のこと、恋愛のことにうつつをぬかしていたところがありましたし。
その頃日記をつけていたんですが、この本を書く際にはその日記に助けられました。その当時の気持ちって人は絶対忘れていくじゃないですか?私の日記はよく辛いときに書く日記だったので、辛くて悩んでいて、思い入れたっぷりの濃い日記だったんですよね。
色々考えて悩んでいたこと、昔の自分にすごく助けられているという感が、今とてもありますね。
その時の自分があって、今があると。昔はそれがすごく嫌なことだったけれど、そのことがあったからこそ今があると思えるんです。
ずっと掘り下げていくと、普遍につながる
―坂崎さんの作品に感じる、切なさや寂しさといった部分はそういった悩んでた時期のことが?
そこが核になってますね。今はあまり悩みもなくて、毎日のんきに暮らしています(笑)。今の自分だとこういうものが書けないかもしれないですね。昔みたいに切なかったり、一人ぼっちの不安な気持ちとかがないと・・・。今は今で別のものがあるのかもしれないですけど。
―坂崎さんの本を読んでいると、自分のいいところも悪いところもひっくるめて自分を愛せるようになるような、他者と自分を比べたりすることはないんだなと感じました。
若い頃に辛いこととかがあると、大人になってから楽しくなるのかなと思ったりもします。今、私は大人って楽しいなと思うんですよね。でも昔の自分がなければこういう気持ちも味わえなかったかもしれない。
それと物を作る人ってぐちゃぐちゃした時代が必要なのかなとも思うんです。私も若い時は自分はひとりだと感じてうつうつとしていました。でも他の人だって、きっとそういう感情は持っていたということに、若い時は気づくことができなかったんです。自分のことでいっぱいいっぱいだから。大人になって、自分はひとりではないということが分かってきました。
―自分のことを見つめていくと、他の人とはわかち合えない「自分という特殊性」みたいなものに辿り着くのかなと思うんです。そこから目を逸らさずにアウトプットしていくと、なぜか特殊な部分が普遍性を持っていくというか。その結果が「共感」につながるのではないかと思いました。
そうですね、突き詰めていくと普遍につながるのかなと思いますね。あいまいで中途半端に放っておくと、たぶんそれはそのままなんでしょうけど。ずっと掘り下げていくと普遍につながるような気がします。
私自身もそういう時に読んだ本や音楽に助けられたりしたんです。そういうようにいろんな人がメッセージを発してるんだと思ったりもしました。それと若い時は外に向かって表現がなかなかできませんでした。日記には書いていたけれど、人に見せるものでもないですし。でも一度自分の中にいれておけば、いつか出せるようになるんだなとわかりました。以前働いていた会社の社長にこんな言葉を言われました。「とにかく自分の引き出しにいろんなものを入れておけばいつかあふれ出す時がくるから。出さなくても、いろんなものを見て、自分の中に入れていくことがいいんだよ。」と。
―このエッセイの「tree」の中の「世界と自分が共に並びたつ木」といったところがとても印象的でしたね。
池澤夏樹さんの『スティル・ライフ』の書き出しを、大学生のとき手帳に写していた。年度が変わって手帳を新しくするときには、この文章も引っ越しさせた。繰り返し何度も読んだ。「世界はきみを入れる容器ではない」という言葉に救われる気持ちになった。それまでのわたしは、世界はわたしを入れる容器で、その容器にうまく馴染むために嘘の自分を演じることが、世の中をうまく渡っていく方法だと思っていたから。
『片想いさん(WAVE出版)』 "木" p121
池澤夏樹さんのその文章が若い時にすごい助けになったのを覚えています。「そうだなあ。世界ってそうだよなあ」って感じました。
自分の世界もあるけれども、並び立つ世界もあるんですよね。
―そうですね。世界や周りが自分と違うものであったとしてもいいんですよね。「世界の中にある自分」という風に思うと違いをすごく実感するけれども。
そうそう。並び立つものであれば違って当たり前だし、自分は違っていて良くて、だけどその並び立つ世界の橋を絶つものではなくて、繋がっていければ一番いいかなと思うんです。
若い時は居場所がないと本当に思っていたんですけど、いつからか居ていいんだと思えるようになりました。仕事などで認めてもらえたこともあるのかもしれないですけど。昔は誰かに、君はここにいていいんだと言われない限りはその場所がないんだと思っていたんですね。もちろんそういうことで居場所を得ていく人もいるんだろうけれど。
それと自分で世界との接点を見つけていくこともあるのかなと思えるようになりました。一人であったり、もちろん周りの協力を得てだったり。
自分がとらわれているのは文章的な世界
鶏の手羽先のピリ辛揚げ、大根とホタテのサラダ、肉じゃが、わかめと豆腐のみそ汁。
『片想いさん(WAVE出版)』 "アップルティー" p9~p10
母親が家でつくるような献立だと思い、ああ、ふたりは本当に付き合っているんだなあ、となぜかたじろいだ。
―エッセイの中で、和食を作ってる彼女がいて、それを「母親が家でつくるような献立」と表現した上で、「ふたりは本当に付き合っているんだなあ、となぜかたじろいだ」と帰結するところが、すごく小説的だなあと思いました。こういう表現は、絵を主体で書いていて文を書く人ではなかなか出てこないんじゃないかと思うんです。そしてほとんどの人が「ああ」とうなずいてるんじゃないかなと思うんです。
昔から映像より文章に惹かれているところがあったかもしれません。絵は後付けというか、技術として描けるようになってきたものであって、自分がとらわれているのは文章的な世界だと思いますね。
―「クウネルがゆく」については雑誌Ku:nelのキャラから生まれた本ということもあって、主人公のクウネル君のキャラ設定はある程度決まっていたかと思うのですが、そういった点でこれまでの作品と違った面白さや難しさはありましたか?
キャラクターのおおまかな性格設定は編集部の人と相談して決まったんですが、それ以外は自由に描かせてもらったので、今までの作品と何か違うという意識はなかったですね。でも、このようなキャラクターは自分では思いつきはしなかったと思うので面白いなと思いました。他のキャラ設定についてはムクネル君は決まっていましたけど、他は全く自由にできました。
―クウネル君は架空の動物だけど、とても人間味があります。そういった動物や架空の動物に、人間生活のリアルさみたいなものや気持ちの些細な部分が絶妙に表されているのが、坂崎さん「らしさ」のような気がするんです。
そうですね。自分の中では、ムーミンの話みたいなイメージでしょうか。いろんなへんてこキャラクターがいますし。ムーミンは子供ですけど、やってることや考えてることが大人じゃないですか?そんなに子供っぽくなくて、それぞれが自分の生活を楽しんでるような感じですよね。Ku:nelの雑誌が「生活を楽しむ」というような雑誌なので、そういう雰囲気でできればいいかなと思ってるんです。
―「クウネルがゆく」もそうですけど、「ペンギンブック」も坂崎さんの醸し出す面白さ、「クスッ」と笑ってしまうエッセンスを盛り込む、ああいったユーモアにはいつも感激してるんです。
もともと頑張って出してるものでも、ひねりだしてるものでもなくて「趣味」という感じですかね(笑)。ダジャレとか親父ギャグとあまり変わらないですよ(笑)。ひらめいたら、こういうこと入れたいなと思っちゃうんです。
大きくなったら何になりたい?って聞かれたら「ペンギン」って言ってました
―坂崎さんがペンギンを描いて、それを私達が読んだり見たりすることによって、「人間」や「人間の日常」などのこと、つまり私達自身をより客観的に見れる様な気がします。
そうですか。書いてるときはそこまで考えてなくて、「本当にペンギンってかわいいんだよ」という気持ちで書いてます。ペンギンの絵を描くのが好きなんですよ。あの黒と白のところとか、ユニセックスでかわいらしすぎないじゃないですか。ファンシーなものがもともとあまり好きじゃないんです。
―ところで、坂崎さんの「ペンギン愛」はいつ頃からですか?
小学生の時ですかね。動物園で見て好きになったという記憶はないですけど。童話で、いぬいとみこさんの「ながいながいペンギンの話」が大好きだったんです。ルルとキキという雛の兄弟ペンギンが冒険する話。それがペンギンが好きになった記憶としては最初でしょうか。小学生の時、「大きくなったら何になりたい?」と聞かれたら「ペンギン」って言ってました(笑)。それと鴨も好きなんです。ぷりっとした丸い生き物が好きなんですよね。
―最近の作品では子供向け絵本の「マリンとマロンふたごなまいにち」がありますが、キャラクター設定で何か意識されたことはありましたか?
最初に出したものはもっとシンプルだったんですけど、喜怒哀楽がはっきり出たほうがいいということになって、自分としては「かわいい」方にふってますね。眉毛をつけてみたり(笑)。
―この本も坂崎さんのちょっとしたユーモアのエッセンスが感じられますよね。「おふろでタコにへんしん・・」というところや、お父さん犬がサングラス姿だったりとか・・。
お話自体はストレートでひねりは加えてないですね。家族の楽しい思い出の話というようなイメージです。
―これまでの絵本のターゲットは明確に意識されていますか?大人の人に向けて、子供に向けて、などありますか?
今までのものは10代後半から自分と同じくらいというか、大人に向けて書いてるものが多かったですね。最近のものだと「パンダのリンダ」や「マリンとマロンふたごなまいにち」などは子供向けですね。ただ、小学生くらいでも難しい本を読んだりしますよね。だから結局その人が読める時で全然かまわないと思うんです。ただ、「ペンギンゴコロ」のシリーズは小学生などにはまだ複雑じゃないかと思います。中学生位だと読むでしょうけれど、感じ入るかどうかはわからないですよね。
―これまで寄せられた感想で印象的なものなどありましたか?
現実のお話というのもあるんでしょうけれど、やっぱり「片想いさん」を読んだ方からお手紙が届くことが多いですね。ひっそりとした片思いのお話や、自分もこんな風に片思いしてるけど頑張ってみようと思うとか、今恋人がいないけど励まされた、というような手紙を頂きました。 そういえば、「クウネルがゆく」では手紙もらってないなあ。全然(笑)。(完)
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