有森裕子さん(後編)
三週間に渡ってお届けしてきた有森裕子さんのインタビューも今日で最終回。後編では、現在の有森裕子さんの活動、特にNPO法人"ハート・オブ・ゴールド"の活動について伺った。支援活動におけるスポーツの意義、そして、コミュニケーションの大切さを語っていただいた。(聞き手:小林里咲 / 写真:近浦啓 / 収録:2007年5月31日)
出来る人が出来る事を出来る範囲で
カンボジアとの関わりは長い。
『わたし革命(岩波書店)』有森裕子 p.200-201
96年、対人地雷で手足を失った人たちに義足を送ることが目的で行われた「アンコールワット国際ハーフマラソン」に招待されたときからだ。
そこには、わたしの日常とはあまりに違う現実があった。
(中略)
彼らを前に、わたしが何を話せばいいというのか。何を伝えればいいのか。ただただ戸惑うばかりだった。
―有森さんは株式会社ライツだけでなく、NPOの『ハート・オブ・ゴールド』も設立されました。設立にはどんないきさつがあったんでしょうか?
ハート・オブ・ゴールドはライツより前、1998年に設立しました。これはリクルートにいた頃ですね。オリンピックが終わった後に知人からの誘いがありました。その人は私がもう引退すると思っていたようなんです。「オリンピックを見たアスリート達がセカンドキャリアとして、こういう事もやっていくべきだ」という思いが一つあったようで。その人が私をカンボジアに誘ったのが最初なんです。それで、行った時にマラソン云々関係なく、一人の人間としてすごく感じ入るものがあって。すぐは動かなかったんですが、二回目に誘われた時に、一回目からの人々の変化や、スポーツというものを通してこんなに社会や人間の人生が変わっていく、それも良い方に。その姿がとても印象的だったんです。そして、自分のやってきた事がすごく意味のあるものだったと思えたり、彼らから学ぶこともあって。これは出来る人が出来る事を出来る範囲でやっていけばいいんじゃないかという発想でした。私達ができるスポーツを通して、まず彼らを元気にしようと。そして彼らが元気になったら、彼らから私達も学ぼうと。結局98年、3回目のアンコールワットハーフマラソンを迎える時、ハート・オブ・ゴールドを設立しました。
明確に一番になったという自信は人間を元気にする
―印象深かったのが、支援としてのあり方として義足などを寄付するというだけでなくて、希望を与える、自分で自立して歩いていけるようなきっかけを作っていくことを、スポーツを通じてなさっていたということです。個々のカンボジアの方々を見て、それを実感することってありますか?
そうですね。地面に座ってボーっとしてた子供達が失ったものをもう一度取り戻して、歩けるようになって、目線が上に上がったということでイキイキしてる表情が見えますよね。子供だけじゃなくて。義足がまだ手に入らなくても、何か自分が参加できる一生懸命頑張れるものがある、それをみんなが喜んでくれる、それだけで随分表情も雰囲気も活気づきます。それは明らかに見えましたね。1回目はね、みんなやっぱりボーっとしてたんですよ。なんでこんなに暑い中、わざわざ走って、疲れなきゃいけないんだろうって。そういう1回目があって、その後の2回目で大きく変わったんですよね。連日練習してるし、とても楽しそうだし。その変化を見た時はやっぱり私も嬉しかったですよね。やっぱりスポーツのもたらす影響というか、走ることで明確に一番になったというあの自信を持てたときの嬉しさ、これは人間を元気にするんですよね。私自身が経験したことだから分かるのかもしれません。だから物が増えたり、環境が変わるということより何より、もちろんそれと並行してですけど、スポーツで先ず心を元気にしていく、気持ちを立ち上げていくということはもの凄く大事なんだろうなと、その変化を見て思いましたね。
―物とかお金だけでは成し得ない内面的な自立ですね。
被災地においては、もちろん物資や医療などの緊急援助がまずは大切になります。しかし、もし状況が許されるのであれば、それにプラスαで例えばサッカーボール1個を贈ることが大事なんですよ。物資・医療は命を救うものではあるけれど、笑顔までを生むのはなかなか難しい。物資・医療が入った時に、それをよし!と思えるその気持ち、そういうことはスポーツが生むということを、元々支援されてた方が言ってました。特に医療の援助をされていた方が言ってました。「怪我は治せるけど心や気持ちはボール一個の方がよほど効果があった」と。だからこそ、並行してスポーツの角度からの援助というのは非常に大事というのを言われて。確かに私は全く環境も違うし状況も違う中でだったけれども自分がそうだったので、そこに入り込みましたね。できると思いました。
―具体的にはどんな支援をされているんですか?
公にはアンコールワットのハーフマラソン大会ですね。その参加費が全額寄付されます。義手義足の資金支援と子供達の学校の教育支援・自立支援です。これは去年終わったところなんですけど、5年間指導者育成をやったんです。私達が入らなくても彼らがスポーツを通して、体の事を考えて元気になっていくというそういう指導ができる指導者を育成していました。そして教えられる立場になった人達が今度は自分の国の子供達にスポーツを通していろんなことを教えていく、育てていく、という育成プログラムを5年間。いろんなスポーツの人を交えて、まず指導者になりたい人を教えて、教えてもらった人が次の日子供達に教えるという。それである程度目処がついた時にカンボジアの方から、小学生の段階の先生方が保健体育が指導できるための指導要領を作りたいというオファーがありました。
中学校の指導要領はあるんですが、初等教育の部分がないんですね。なのでその部分をぜひ作りたいので手伝って欲しいと。たぶん初めてなんですよ。スポーツの分野では。
JAICAの委託事業として、一NPOと筑波大学と共同してプログラムを進めていったんです。指導要領作成というのは、他の科目ではあるんですけど保健体育の分野では初めてなんですよ。あとは義手・義足の方々への支援ですね。付けたけれども、これからどう生きるかというところでの支援です。障害者陸連をサポートしているというのもありますし。それは海外の支援ですね。その支援を行うための資金集めは日本で行っています。マラソン大会に私が参加して、いろんなグッズを作っているのでそれを販売させていただいて、その売り上げが支援金となるんです。時には大会全体で、参加されてる方全員の1ドル分の募金を集めて最終的に支援金として頂くこともあります。そういうような環境を持った大会が、国内で5・6個あるんです。笹山、霞ヶ浦、河口湖、みかんマラソンなど。規模はそれぞれですけど。全部フルマラソンではないですね。ハーフだったり、10kmだったり、様々ですね。
まず自分の価値観が正しいと思わないこと
agreeを求めずunderstandを
―アンコールワットのハーフマラソン大会をやってみて、難しさや楽しさってどんなことでしょう?
難しいことだらけですね(笑)。人の国で自分達の国ではないし、歴史も違う人達ですからね。どういう状況であれ、そういう人達の中で何かをやろうとする時にこれは簡単なことはまずないです。やりがいはありますよ。ただ、私達のためにやっているのではなくて、お互いのためにやっているので、これは協力・共同しなきゃいけないわけですね。なんせ、生きてきた状況も価値観も全て違うのでコミュニケーションの大切さというのはもの凄く学びましたね。と同時に、価値観の違い、それはこのカンボジアでの活動だけじゃなく、国連の親善大使の仕事で各国に行っても思うんですけど。まず自分の価値観が正しいと思わないこと。その中で最大限何をお互いに思わなきゃいけないかとなると、その同意を求めてはいけないと。agreeだけを求めてお互いに関係を作ろうと思うと、これは争いごとの元となるんですね。これは身近でいえば夫婦であっても、家族であっても。違う人間である限り、agreeできることってもの凄く少ないんです。では何ができるかというと、お互いのコミュニケーションにおいて「理解をしよう」と。理解したい、understandはしよう、したい、という気持ちをどれだけ持てるかということだと思うんです。そのunderstandしようとする許容範囲がどれだけあるか、ということが最低限一番大事なのかな、というか。それを心がけてどこまでも粘って、根気強くやる。問題なんてすぐに無くなる訳じゃないですし、きれいごとはそんなにないわけで。まだまだ地雷一つとっても撤去にあと100年以上かかるわけですからね。その問題がある間の何年に関われるか、という感じですよね。
何でもかんでもやる団体ではないので、たぶんわりと嫌がられていると思いますよ(笑)。私たちはまず「あなた達に何ができるの?」という話から始めます。でないとね、「何して欲しい?」なんていうと要求が山ほど出てくるわけです。これはもう発展途上国など大変な国なら当たり前のことなんですね。やってくれるなら何でもやって、という話で。しかし、私達は自立をして欲しいと思っているので、「やっぱり自分達の国を愛しているんでしょう」と。「あなた達はどうしたいのか」それを徹底して聞かないといけないと思っています。だから、やらないこともあるし、できないとも言うし、「自分達でやってください」とも言います。彼らからしたらこんな小さな団体からそんなこと言われる位なら他の大きな団体に言って、お金をもらった方が早いんですよ。ただ、あちらも粘り強いんで、なんとか私達と根気強くやってくれてますけれどね。
どれだけ人の気持ちをキャッチでき
どれだけ自分の気持ちを伝えれるか
―もうコミュニケーションの積み重ねですね。それで信頼関係を徐々に構築するというか。
そうですね。ましてや、カンボジアはクメール語ですけど、クメール語なんて私達にはわからないですし。ただ最近は日本語を話せるとカンボジアの人も通訳とかホテルの中ではすごくお給料もいいので、日本語を勉強しようとする姿勢があって。それがかえってそういう人材も生んでるので助かってはいるんですけどね。 まあ、やはり簡単なことはないですよ。これは国が違わなくても一緒ですよ。今の世の中、全てそこだけでしょう。全てどの年代において、どの関係においても言えることで、組織がどう、環境がどう、ではないんですよね。やっぱりどれだけ人の気持ちをキャッチでき、どれだけ自分の気持ちを伝えれるか。その能力がない限りは、どんなに良い環境にいても、事はうまくいかないと思いますね。
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