ちはるさん(前編)
バラエティ番組など多方面で活躍し、多忙を極めていたタレントとしての時期を経て、結婚後の現在はファッションやインテリアのプロデュース業でもそのセンスを発揮しているちはるさん。その生き方やセンスに憧れる女性はとても多い。ちはるさんが人を惹きつける魅力、ちはるさんなりのコミュニケーションについての考えなどの感じられるインタビューとなった。前編ではちはるさんが芸能界に入ったきっかけやバラエティ番組で「ミモー」として活躍されるまでのこと、結婚後の心境の変化などのお話を伺った。(聞き手:小林里咲 / 写真:近浦啓 / 収録:2007年6月22日)
ベット・ミドラーに憧れ芸能界に
―ちはるさんが芸能界に入りたかったきっかけはどんなことからだったんですか?
芸能界ってきらびやかで素敵だなとは思っていましたが、芸能人になりたいとは思ってなかったんです。
中学生の頃憧れていた先生がいて、その先生が出た高校に入って、同じように学校の先生になるのが夢だったんです。でも落ちてしまって。今考えれば学校の先生にはなる道は他にもあるのに、その時はすべての道が閉ざされたような気がしていました。その先生と同じように・・と思っていたので。
高校は近所の公立学校に通い始めたんですけど、そこは同じ中学から半分位の人が通っているような高校だったので本当に刺激がなかったんです。家からの距離も中学校よりも近くなってしまいましたし。
志望校に入れず落ち込んでいたら、両親から「劇団とか入ってみれば?」と言われたんです。もともと芸事が好きな親だったので。それで本当に習い事みたいな感覚で高校1年生の時に劇団に入ったんです。その頃はまだ「芸能人になりたい!」という強い気持ちはありませんでした。でも、入って一ヶ月位でヤングステージという劇団員でやる舞台の主役に選ばれたんです。主役に選ばれて嬉しかったのですが、その分チケットもたくさん売らなきゃいけないので大変でした。学校の友達にチケットを買ってもらい観てもらうのだから、やるからには頑張りたいなと思うようになってきたんです。だから舞台をきっかけに芸能界への関心が深くなりました。
当時ベット・ミドラーの映画「ローズ」を見てすごく衝撃を受けたんです。私、顔が小さくないのがすごくコンプレックスだったんですが、ベット・ミドラーは顔も大きいけど存在感がある。親からも「お前は舞台映えする顔だ」と子供の頃からよく言われていて。その時は、最初に舞台から始まったので舞台女優になりたいなと思っていましたね。
転機は「食堂」でのオーディション
―その後、芸能界に入られてバラエティ番組などで引っ張りだこという状態でしたね。そうすると、そんな風になるとはあまり想像してなかったんでしょうか?
そうですね。舞台が好きでやってたんですけど舞台ってお金がかかるんですよ。結局いい役がもらえたらその分チケットをたくさん買わなきゃいけない。そういうのがだんだん負担になってきたんです。エキストラのような仕事もしていましたが、劇団にいる頃からCMの仕事を結構やらせてもらっていたんです。例えばコカコーラとかハンバーガー系とか、20本位は劇団在籍中に出演していました。
そんな時CMの監督の方に「モデル事務所とかに移れば?」と言われたんです。私は背が高くないのですが、綺麗に笑うだけじゃなくてくしゃっと笑ってみたり、変顔をしたり、そういうキャラクターモデルが求められていた時でした。モデルの仕事も楽しくなってきて、モデル事務所に移りました。そんなに芸能界に執着もなくて、楽になるつもりでモデル事務所に入ったんですけど、その当時出演した「アルバイトニュース」のCMをたまたまウッチャン・ナンチャンの南原さんが見ていてくれたんです。番組のプロデューサーの人も会ってみたいと言ってくださって、それがウッチャン・ナンチャンの新番組のオーデションでした。ちょうどとんねるずさんが「みなさんのおかげです」を休む時期で、それで「誰かがやらねば」という番組でウッチャン・ナンチャンがメインの番組に女の子を1人出演させるためのオーデションがありました。そうそうたるメンバーが来ていたし、大きな事務所のアイドル予備軍の方もいっぱい来ていたので、私なんか絶対受からないだろうなと思っていたんですよ。それが食堂でのオーデションだったのですが、ちょうど私が呼ばれた時に頼んでいた食べ物が運ばれて来て、つい手を挙げちゃって(笑)。「なんで頼んでんの?」とスタッフの方につっこまれたりしました(笑)。「食べなよ」と言われたので「あ、そうですか?」なんて言って食べましたね(笑)。100%受かるとか思っていなかったです。そういった大きなオーデションって決まっている人がいるのかな?と思っていましたから。その後、木曜日から土曜日に移って「やるならやらねば」に番組名も変わって、そこから「ミモー」になったんです。木曜日から土曜日に移る時点であまりいい働きもできなかったし、他にかわいい子はいくらでもいるから降ろされると思ってたんですけど、続行ということになりました。そうしたら、「今日から顔オレンジだから」って言われたんですよ(笑)。何も言い返せず、話もあまり聞かされず座らされて顔をオレンジ色に塗られました(笑)。ちょうどその時、他の番組の収録があってメイク室にフミヤさんがいたんですよ。「ああ、フミヤさんだー、かっこいいなー」と思っていたら、「アルバイトニュースのCMの子でしょ?」って話かけられたんです。
「すごい、いいなあと思ってたんだよ」なんて言われている間に顔がどんどんオレンジ色になっていって(笑)。
―(笑)
なんなのー、これって思いましたよ。フミヤさんには「大変だけど頑張ってね」なんて言われて。当時は女の子が顔に色を塗ったりとか、そこまでの人はあまりいなかったんですよ。局内を歩いていても凄く驚かれました。女子トイレとかでもそのまま行くと、掃除のおばさんとに凄い勢いで驚かれましたし(笑)。ある程度みんなに認知されるようになってからは逆にみんなに「あ、ミモーだ」なんて言われて嬉しかったですけど、それまでは気味悪がられましたよ。
信じられる人、安心できる場所があるというのは凄く大きい
―そういった芸能生活を送っていて、24歳で結婚されたんですよね。そこから結婚生活や育児が始まって、コミュニケーションもこれまでとはまた違って、家族間のコミュニケーションというのが始まる中で考えさせられることって多いと思うんです。著作の「loving children」の中でも「叱る」ということへの考えや「比べない子育て」についても書かれていましたが、読んでいてちはるさんの考えに凄く共感しました。家族を持つようになって、自分自身の考えが変わったというようなことはありましたか?
私の叱り方など、役にたつか不安なのですが、ただひとつ最近強く感じていることがあって、それは"親が子どもの顔色を見ちゃいかんだろう"ということです。子供が親の顔色を見るのは自然なことだと思います。でもその逆はだめ。そう、もう思いきって断言しちゃいます。親が子供に遠慮してはだめなんです。
『Loving children(主婦と生活社)』chiharu p.52
やっぱり、同志というか信じられる人、安心できる場所があるというのは凄く大きいですよね。一人の時は失敗しないようにしよう、しようとしていたけど、信頼できる家族がいると「失敗してもいいじゃん」って言ってもらえると力強いし、励みにもなります。仕事に対しては失敗することに対して恐れなくなったりとか、失敗から学ぶ事もあるんだってやっとわかりました。でも24歳で出産。若かったから子育てする中では結構ストレスもあったんです。これは必ずやらなきゃいけないとか、私がいなければ生きていけないと思いこんだり、プレッシャーや束縛されてるみたいな感覚がありましたね。その分新しいことにも挑戦したいなと思うところもあったのかもしれないです。あまり視野が狭まらないようにというのもあって、芸能活動以外の仕事で洋服屋さんを子供が9ヶ月位から始めて、お店によく子供を抱っこして連れていってました。
―その頃は芸能活動している頃と違って考える時間もだいぶできたのでしょうか?
そうですね。ミモーでブレイクしてからはもの凄く仕事が忙しくなって、あまり「こういう風になろう」とか自分がどうしたいのか、どういう方向でやっていこう、という話なども全くしないまま過ぎていってましたから。
歌やってドラマやって地方の番組やって、と1日に何本もの仕事をして、それが3年位続いたんです。それで参ってしまって。仕事が忙しくて求められてるのはありがたいことなんですけど、「本当は誰も求めていないんじゃないか」とか、私自体が自分を求めなくなってしまっている気がしていました。やりたくてやってるというより、やらされてる感が凄く強くなってしまったんです。どの仕事もあまり満足にできなくても「いいよ、いいよ。忙しいんだからそんなもんでしょ」みたいな雰囲気でした。映画やってもドラマやってもダメ出ししてくれる人もあまりいずに、「まあまあ」というような感じだったんです。やはりこだわりを一つ持ってる人が若い時から好きだったので、自分がすごく薄っぺらいようで凄く嫌でした。当時は本当にやめたかったんです。それがすごく強かったですね。リセットしたくて結婚しちゃったというのもあるんですけど(笑)。もうこれは子供でも作らない限りやめられないなと思ってたら、運がいいことに子供ができちゃった(笑)。だから子供ができた時は仕事をやめようと思っていました。だけど実際に休みに入ってみて、休みが全くないところから1週間・2週間・1ヶ月と休みが過ぎていくと今度はやることが見つけられなくなり不安になっちゃって。無理に仕事をやめないで、自分がやりたいこと・やれることをちゃんと考えて仕事を続けていきたいなと思うようになったんです。
その時の気持ちが、今の私の活動の原点になっているんだと思います。
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撮影協力:CHUM APARTMENT(チャム アパートメント)
今回撮影に協力して頂いたCHUM APARTMENTはちはるさんご自身がオーナーを務めるカフェ&スタジオです。カフェの前ではグリーン達がお出迎え。カフェのドアをあけると、天井が高く開放的なスペースが広がります。いろんな表情を見せてくれるシャンデリアやランプに彩られた店内には、ゆったりと座れるソファ席、お寿司をにぎってもらえるカウンター席もあります。(詳しく読む)
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