向井亜紀さん(中編)
前編に続く中編では向井亜紀さんが子宮摘出手術時の苦しい決断に至るまでのお話、代理母出産にチャレンジするまでの覚悟、代理母経験者や代理母を申し出てくれた女性達との衝撃的な出会いなどのお話を伺った。(聞き手:小林里咲・近浦啓 / 写真:近浦啓 / 収録:2007年7月9日)
"今でも涙が止まらなくてだめなんです"
―「16週 あなたといた幸せな時間」を読ませて頂きました。とても心を打たれたのは向井さんが子宮摘出の手術を最終的に決断しなければいけないという状況になった時に、ご自身の体の危険をわかっていながらも、どうしてもお腹の中の赤ちゃんを守りたいという強い思いでぎりぎりまで諦めずにその道を探っていたところでした。それと同じ位、旦那様の高田さんやご両親が向井さんの命を守りたいという強い気持ち、特に全体会議で高田さんがおっしゃった「俺は向井の命を守りたい」という言葉が最終的に向井さんに手術を決心させたといった部分がとても心に残りました。今振り返って闘病生活はそういった気持ちに支えられた部分が大きかったんでしょうか?
「おれはムカイの命を守りたい」
『16週―あなたといた幸せな時間 (扶桑社文庫)』向井亜紀 p.102
最終的には、高田の言葉が私を決心させた。
赤ちゃんの命、私の命。どちらを選ぶのか。こんな身を裂かれるようなつらい選択があっていいのだろうか。
ひっひっとしゃくり上げる私の膝に、隣に座った高田が自分のひざをくっつけてくれた。高田のつらさ、そして私への思いが伝わってくる。
互いのひざのぬくもりが絆だった。
ええ、それは大きかったですね。
あの時の私は、自分が後悔しないための生き方を求めて必死でした。35年余り生きてきた私の命よりも、これから生まれる命を助けたほうが理に適うに決まっている。私が生き長らえるために赤ちゃんの命を摘み取るなんて、どうしても納得いかないと。その後の人生をずっと罪の意識にさいなまれながら生きていくのはつらすぎますし、私はここまで自分なりに人生を楽しんだのだから、もう私の命はいらない、それが私の価値観であり人生だと思うからと言い続けていたんです。
しかし、私の両親や高田にしてみれば赤ちゃんの命を救うために、私の命をガンで失うということになる。それは私を見守ってくれている皆の側へ「あの時、どうして亜紀を思い止めさせることができなかったんだろう」という後悔の中で生きていくことを強いる意味を持ってしまうんですね。あの時の私は、そういうところまで思いを巡らせられませんでした。「私は後悔したくない」という思いが先立つばかりで・・・。主治医から、赤ちゃんを産んだら私の余命は半年だろうと言われても、気持ちは変わりませんでしたから。
が、「俺は向井の命を守りたい」と言われた時に、「ああ、そうか」と気づかされたんです。私の気持ちを押し通したら、高田も親もずっと後悔してしまうんだということに、すごく遅いんですけど、その時やっと思い至ったんです。生物学大好き人間の私にとって、命を摘み取るという行為は絶対に自分の中にあってはならないことでしたし、譲れないところばかりだったんですが、自分のことだけを考えていては、いつまでたっても着地点は見つからないんじゃないかと。その時になってようやく、私だけが後悔しない生き方を選ぶことが本当に正しいのかどうか、ちゃんと考えようと思えたんです。それまでの私は考えなければと思えば思うほど、どうしても自分中心の考え方しかできなくて、高田だけでなく医師たちにまで非常に迷惑をかけていました。物をぶつけて当り散らすこともありましたし、やり場がなくてパニック状態になっていたんだと思います。
その後、両親や高田、主治医ともとことん話し合い、取り返しのつかないことをしてしまうけれど、もらう命でそれを取り返す努力をすることこそ使命なのではと説得されて、苦渋の決断をしました。今もそれが正解だったかどうかわからないんですが…。…すみません、この話をすると、今でも涙が止まらなくてだめなんですよ。
"自分の生き方を曲げてまで仕事に執着してしまっては本末転倒"
―闘病生活を終えた後に、代理出産をするという道を選ばれましたね。そのことを望んでる段階から実際にチャレンジすると決断するまでというのは、芸能人という立場もありますし、相当な覚悟や決心が必要だったのではないかと思いますが?
そうですね。事務所には本当に止められました。代理出産にチャレンジしたら、もうタレント生命は終わりだと言われて。子供が生まれてからは、子供の人権について日本がどう扱うかという点を最高裁まで確かめにいった訳ですが、そんなことしたら仕事が1本も来なくなると、随分忠告ももらいました。
タレントという仕事は大好きなんですが、この命をどう使うべきかを考えれば、自分の生き方を曲げてまで仕事に執着してしまっては本末転倒です。代理出産にチャレンジするために20年いた芸能事務所も辞めました。裁判を始める頃には、別の芸能事務所に入る話も出ていたんですが、その事務所の社長さんが私に読ませてくださったレポートには「向井亜紀、再生は可能か?」というタイトルがつけられていました。つまり「再生しなきゃならないくらい私は死んでいる状態」であり、よって裁判など言語道断だと。でも、私が死んでも子供たちは生きていくんですから、この裁判は未来のためにやらなくてはならないものだとお話したんです。ええ、その事務所へは所属しませんでした。
私はこれまでもただ食べるためだけに、ただお金のためだけに、仕事をしてきたのではない。しかし、これから先は特に、食べるために仕事をしようとはどうしても思えない。
『プロポーズ―私たちの子どもを産んでください。(マガジンハウス)』向井亜紀 p.98
今までボンヤリと考えてはいたけれど言葉にはならなかった自分の考えが、この時ハッキリと見えてきた。他人からの評価なんていらない。そう、私は私を嫌いにならない生き方をしていけばいいはずだ。
もうずっと昔、20歳の時に出会ったキャスティング事務所の女社長さんに「あなたは美人でも何でもないから、主演女優にはなれないわ。あなたが今こうしてオーディションに受かったりしてるのは、あなたの笑顔がとっても平和だからなの。何だか知らないけど、あなたは平和な顔をして笑うのよ。この仕事を好きで続けたいと思うんだったら、自分の人生を大切にすることね。そうじゃないとあなたの笑顔は平和な笑顔じゃなくなっちゃうの。芸能界にいたいからと、あれもこれも犠牲にしてはだめ。あなたの魅力はきちんと生きていないと出てこないの。だから自分の幸せを一生懸命探しなさい」って言われたことがあるんですよ。その時は「いきなり何を言うんだろう、この人は」と思ったものですが、なぜかその人の言うことがとてもストレートに伝わってきて、よく意味もわからないくせにすぐにノートに書き留めておいたので、妙によく覚えているんです。振り返ってみれば、あの言葉はボディブローのようにあとから効いてきていますね。自分の人生があって、その人生を生きた上でタレントとしての仕事をするんだから、もしそれがタレント向きじゃないということになれば、もう一度、違う仕事を探し直せばいいだけのこと。学生時代のラジオ番組で感じた「こういう達成感があったんだ」という衝撃からこの仕事が好きになったわけですけど、また0から好きになれる仕事を探しても間違ってないんじゃないかなと。きっとそれが「私の生き方」になっていくはずですから。
代理出産のことを親に相談したら、「あなたにその覚悟があるのなら、いいと思うわよ」と言われました。「うん、覚悟してる」と答えたら「じゃあ、やりなさい」と。すごく背中を押されましたね。もしかしたら私の母へも嫌なことを言う人がいたかもしれませんが、「これはあの子の生き方だから」と、母親の気持ちがまったくぶれなかったことに感謝しています。あなたの人生だからと「私」という一人称をずっと尊重してくれていましたね。私自身、代理出産にチャレンジして本当によかったと思っています。懸命に資料集めをしてもすべてが匿名だらけ、あまりに不透明なので諦めかけた時期もありました。が、もやもやと諦めちゃだめだ、実際にコーディネーターへ話を聞きに行ってバシッと諦めようとアポイントメントを取ってみたら「代理出産の現場はすごくハッピーですから、そんなに悩んでばかりいないで。資料を読むことも大事だけど、アメリカへ行って代理母経験のある女性や代理母になりたいと申し出ている夫婦にお会いになってみては?」と言われたんです。
「空から見ているあの子に恥ずかしくないかどうか」という基準
―生の声というのは実際行かないとわからないですよね。
ええ。実際に会って聞かないとだめだと思いました。匿名の記事じゃわかりませんよね。代理出産を依頼した日本人夫婦はすでに何百組もいるそうですが、匿名では生身の人間としての気持ちの部分が悲しいほど伝わってきません。だったらアメリカへ行って日本人夫婦のためにお腹を貸してあげた人に話を聞きにいこうと。向こうでは皆さん、名前を隠したりしていないんですよ。そして、その出会いは衝撃的でした。やはり百聞は一見にしかずですね。日本人夫婦のために双子の赤ちゃんを産んであげたミッシェルという女性に会ったんですが、自分のしてきたことに素晴らしい達成感と誇りを持っていて、「本当に最高のボランティアができたと思ってるわ!」と明るく笑う姿に感動しました。お金のためじゃないんですよね。
代理母に立候補してくれているサンドラも「アキのために赤ちゃんを産んであげられると思うと、とっても嬉しいの」と非常に前向きでした。お互い目と目を見合わせながら、私が打ち明けた気持ちを彼女が受けとめてくれているのを実感しましたね。私が「精神的にも肉体的にもとても辛い思いをお願いしてしまうけれど・・・」と言うと、「そんなこと何でもないわ。もっと赤ちゃんが生まれた時のすごく幸せな瞬間を考えましょうよ。その瞬間を私達シェアできるんだもの!」と思いきり楽しみにしてくれていて。だからこそ、生身の人間として生身の人間に甘えようと決心できたんです。高田も「これだけ心が洗われたっていうことは、俺達、今までどれだけ心が汚れてたんだろう。偏見を捨てなきゃ彼女達に失礼だよな」と言い、私も「本当だね、恥ずかしいね」と話をしながら帰国の途に就きました。
もしかしたらお金のためにと割り切ってお腹を貸す女性もいるのかもしれませんが、この地球上にはボランティア精神から救いの手を差し伸べてくれる人が確かに存在する。それを是非、信じてもらいたいですね。アメリカに住んでいたり留学していたことのある人は「困っている人を見ると、あの人のために私は何ができるだろうって考えてくれる天使みたいな人でしょ、うん、いるよね!」と理解してくれやすいんですが。もちろん、日本の価値観や社会観を否定するつもりはありませんが「妊娠・出産ほどつらいことを他人のためにするなんて、お金目当て以外にあり得ない」と決めつけてしまうのは、何とももったいないことだと思います。そうじゃない人が実際にいるということを、私の下手くそな文章でですが、名前をそのまま出して生身の人間として心から伝えたい。チャレンジに至る前の私達と同じようにどうしようかと悩んでいるご夫婦がたくさんいらっしゃると聞きますので、私の書いてきた本が少しでもそういった方々の人生選択の参考になればと願ってやみません。
私は特に宗教観を持たない人間ですが、もらった命を使って生きている者として、「空から見ているあの子に恥ずかしくないかどうか」という基準はとても大きなものになっています。本を書くのは白髪が激増するほど(笑)きつい作業なのですが、それも私のやらなければならないことだと強く感じているんです。(次週後編に続く)
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