伊達公子さん(中編)
前編に続く中編のインタビューは、高校生時代にプロを目指すようになったきっかけ、目標設定の大切さ、またその目標意識を常に持つようになったきっかけとなるコーチの言葉、プレッシャーの中で100%以上のパフォーマンスをするための日常生活など、様々なことを伺うことができた。(聞き手:近浦啓 / 写真:近浦啓/ 収録:2007年10月25日)
"「一番」が好きなのにいつも一番になれなくて、悔しい、悔しいの連続でした"
高校に入るまでは、私は京都でも関西でも三、四番手あたりの選手にすぎませんでした。高校に入って初めて新人戦では優勝したものの、高一のインターハイの個人戦では県予選で負けてしまい、全国大会には出られませんでした。団体戦でも登録メンバーには入れてもらったけれどもシングルスの試合に出場することはできませんでした。(p.19)
キッズテニス—「好き」を見つける「楽しい」を育む
(岩波アクティブ新書、伊達公子 著)
―プロになることを意識したのは高校に入った位の時期ですか?
まだですね。プロを目指そうという気持ちが芽生えてきたのが高校2年の秋。決めたのが高3の春です。
―そうなんですね。高校に行った時点でそういう意識があった訳ではないんですね。
全くなかったですね。高校に行った時点ではテニスが出来る環境と寮生活ができるということと(笑)、親友が通っているという、その位の理由からでしたからね。まだそれほど「強くなりたい」という気持ちが大きくはなかったんです。もちろん負けず嫌いということはありましたけれど。
私、高校に入るまで一度も優勝がなかったんですよ。小学校から試合に出ると2位、3位というのはあるんですけど、一度も優勝がなかった。高校1年生の時の秋の新人戦で優勝したのが私の初優勝でした。それまでいつも負けて悔しい思いをして、「一番」が好きなのにいつも一番になれなくて、悔しい、悔しいの連続でした。その新人戦での優勝がきっかけで自分の中にすごくやる気が出てきたんです。それから、ですね。少し欲が出てきたのは。それと学校の環境が環境なだけにライバルに囲まれていたので、さらに意欲が出てきたんだと思います。
高校1年のインターハイは私県予選で負けているんですよ。その後、高校2年生の時にインターハイでベスト4に入ったんですが、ベスト4に入るとプロが出ている一般の全日本選手権の予選の推薦枠をもらえるんです。それで予選に出て勝ち上がって、その全日本選手権でベスト4まで行ったんです。その時に初めて「プロ」の人達と同じコートに立ち、小さい時に雲の上の人と思っていた人達と同じ土俵に立って一緒にプレーをするという経験ができ、たまたま勝ち進むことができて準決勝まで行った。それがすごく大きな自信になって、「プロ」ということを身近に考えられるようになったんです。そこで初めてプロになってみたいと思いました。
―伊達さんがプロとして現役の頃の最も活躍されていた時期に僕は伊達さんを知ったので、伊達さんはテニス界でエリートで来られたんだろうと勝手に思い込んでいたんですが、違ったんですね。
全然違うんです。中学生位からある程度有望視されて育っていくテニス選手が多い中、私は他の選手からするとちょっと遅咲きなんです。だから高校2年生で勝ち始めた時「あれは誰だ?」と言われていたと聞きました。
その高校2年の夏から、急激にぐっと力が伸びていきました。高校3年ではインターハイ優勝、全日本ジュニア選手権優勝と負け知らずになっていったのは一つの大会がきっかけだったんです。その土台となったのは新人戦での優勝ですね。
―高校を出る頃にはプロになりたいという気持ちが強くなってきたんですか?
そうですね。高校を決めた時もそうですけど、私は勝手に自分で決めて事後報告なんです(笑)。高校も「園田に行くことにしたから」とか、進路も「プロになることにしたから」とか過去形になってるんです(笑)。親からすれば女性で勝負の世界に入っていっても勝てなかったらどうするんだ、怪我したらどうするんだ、という親心があって心配していましたね。普通に大学に行って、テニスは頑張って、就職して結婚してくれればというのが親の希望でした。親としてアドバイスはくれたんですが、私はプロとしてやってみたいし、だめならだめでそこで結婚すればいいし(笑)みたいに楽観視してましたけど。
"勝つ負けるではなく好きなテニスを毎日出来る環境を求めた結果がプロになることだった"
―その頃、18歳の頃ですと、まだ気持ちが揺らぐことがわりとあると思うんですが、少しも揺るがなかったですか?
全く揺るがなかったですね。進学なのかどうするのかと考えなければいけない時期でしたが、やっと「強くなりたい」という意欲が出てきていたので、強くなるために毎日テニスが出来るようになるにはどうしたらいいんだろう?ということを第一に考えました。それで見つけた答えがプロになることだったんです。プロになったら好きなだけテニスができる。じゃあプロになろう、という感じでした。「世界のトップになりたいから」プロになるという理由だったら、それができなければどうするんだろう?と不安になったかとも思うんです。もちろん強くなるためでもあるけれど、とにかく勝つ負けるではなく好きなテニスを毎日出来る環境を求めた結果だったんです。
―かなり昔の本ですが、「晴れのちテニス」という著作の本がありますよね。この表紙の写真は10代ですよね?この本を読む度、伊達さんのあっけらかんとしてる感じが(笑)とても伝わってくるんですよね。
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こんにちは伊達公子です。今月からテニスクラシックに、毎月わたしのページができることになりました。ツアー中のエピソードや友達の話など、わたしの身の周りの出来事を少しずつ紹介したいと思います。うまくできるかどうか少し不安ですけど、頑張りますので応援してくださいね。
(1989年11月13日 p.18)あっ! それから大事件があった。わたしの超お気に入りの自転車が盗まれたんです。(中略)なんだか自転車泥棒がはやっていたらしくて、わたしの住んでるマンションだけでも3台盗られたんですって。それも新しいのばかり。頭にくるわ。見つけたらどついてやろ、と思ってるんですけど……チクショウ。
晴れのちテニス―伊達公子のプロツアー転戦記
(1989年12月1日 p.23-24)
(日本文化出版、伊達公子 著)
アハハ(笑)。関西人っぽいんですよね。たぶん。文面もまさに関西人ですよね。
―「こんにちは、伊達公子です」から始まり、連載が続いて続編も出て、ここで伊達さんの現役時代の日々の記録のようなものがわかりますよね。今だったらブログのようなものだと思うんですけれど、ダイレクトで素直な気持ちの表現が随所にあり、すごく興味深かったです。
そうですね。ずっと現役の時に手書きで書いていたんですよ。手書きの時代でしたからね。もうはるか昔で自分では何を書いたかあまりはっきりと覚えてないですけれど(笑)。
"まずは現実的で身近な目標、そしてもう一つが次のステップのための若干大きな目標、常にその2つを持つ"
―その本の中で92年に目標を書いてらっしゃって、それがまさに実現しましたね。
目標は、15位以内のランキングをキープできるようなプレーヤーになること。そしてチャンスを生かして、トップ10をねらえる選手になることです。可能性はあると思います。そして、身長163cm、体重54kg、生粋の日本人のわたしがトップ10に入ることができれば、これから世界を目指す選手たちにとっても大きな励みになることと信じています。わたしが井上悦子さんを目標に、ここまで頑張ってこられたように。(p.192)
晴れのちテニス―伊達公子のプロツアー転戦記
(日本文化出版、伊達公子 著)
有言実行ですね(笑)。
―本当に有言実行ですね(笑)。こういう気持ちはプロでやっていくうちに、目標意識が徐々に芽生えていったんでしょうか?
高校の途中からプロ2年目まで見てもらっていたプライベートコーチがいたんですがそのコーチに目標を持つことの大切さを教わったんです。そのコーチは優しいんですが凄く厳しい方で、育てるのがとても上手なコーチでした。例えば生活の細かいことまで口を挟まれました。「漫画は読むな。」、「甘い物は食べるな。」、プロになってからは「夜は出かけるな。」、周りのコーチには「伊達を夕食に誘うな。夜の世界を教えるな。」(笑)と。あれはダメ、これもダメということがすごく多かったです。コートの中でももちろん厳しい方で、よく喧嘩もしましたね。「帰れー!」と怒鳴られて、それで私も帰ってしまったりということもありました(笑)。
そんなことも繰り返していたんですけど、それと同時にすごく良いこともたくさん教えてもらったんです。
高校2年生の時に全日本選手権でベスト4に入った時、準決勝の前にコーチが「お腹いっぱいか?」と聞くんです。要するに「満足しているか?」ということですね。プロの選手もいる中で高校生の私がベスト4まで上がってきたのですから、もちろん「満足してます。」と答えてコートに入っていったんです。するとやっぱり負けてしまって、終わって泣きながらコーチと話していたら、こう言われたんです。「試合の前から心構えとして負けることは明らかだった。今回の全日本でベスト4に入るということは想定できることではなかったけれども、ちゃんと目標というものを持っていないと今日みたいに見失うんだ。」と。
そういった目標設定の大切さをその時に教えられ、「常に2つの目標を持て」と言われました。まずは現実的で身近な目標、そしてもう一つが次のステップのための若干大きな目標、常にその2つを持つ。そうすると初めの目標を越えた後、瞬時に次への目標に切り替わるんです。その目標設定は現役時代ずっとやっていましたね。だから目標意識という点では常にすごく明確だったんだと思います。
"緊張感を楽しめるようになったのはプロの後半"
―「晴れのちテニス」の中に書かれていたことで「テニスのコートでの緊張感が大好きだ。緊張がすごく高まってきてコートに入ると、それがぴたっと止まる」とありました。全部の体のエネルギーが集中するのだと思うんですけれど、そういうものは継続してずっと感じるものですか?楽しさの素というか。
そこまで辿り着けるのには、すごく時間かかりましたね。例えば高校生の時などは、親が見に来るのも嫌だったし、自分のプレーに対する自信もなかった。人が見てると緊張して自分がコントロールできなくなるという経験もしました。そういういろんな経験を重ねました。緊張感を楽しめるようになったのはプロの後半だと思いますね。 反対に今度は人が見てないと集中できなくなってくるんですけど、見てるほうが集中力が高まってコントロールしやすくなりました。
―ちょうどプロの後半の時期になるとおもいますが、僕も熱烈なファンだったんですが、日本中からすごく注目されていた時期がそのその頃だと思うんですけど、やはりメンタル的にプレッシャーはかなりありましたか?
もちろんありました。もうプレッシャーの固まりでしたね(笑)。それをコントロールするために私はいろんなことを排除するしかなかったです。プレッシャーを完全になくすことはできないんですが、極力最低限にするためには、人との接点をなくす、ホテルの部屋にこもる、そういうことでコントロールする力をつけていました。いかに自分が常に平常心になれるかというと一人の時なんです。楽しいと思うことにも触れないようにしてました。
"コートに至るまでに、日常をどう過ごし、どう準備し、どう整えるかということから勝負が始まる"
ツアー前の日本で迎える数少ない朝は、筋肉痛に襲われている身体に鞭を打って起きていた。それはまさに、自分自身との戦い。ストレッチの時間、朝食の時間、そして練習時間に耐えられるだけのエネルギーを蓄える、という言葉がぴったり。アスリートにとっての食事は、楽しさよりも効率よく必要な要素のエネルギーを補うことが重視される。(p.31)
いつも笑顔で Always Smile (マガジンハウス、伊達公子 著)
―最近の本を読むと日常生活のお買い物や食事などいろんなことを、とても楽しんでいるなあ!という印象だったのですが現役時代は違ったんですね。
若い時、ツアーを周り始めた18〜20歳位までは試合に負けて翌日は試合がないとなれば街に繰り出してショッピングしたりということもあったんですが、プロの後半になるとだんだんショッピングに出かけることのエネルギーが無駄に思えてくるようになりました。エネルギーはコートの中だけで使いたいと考えてしまうんですよね。常にコートで100%以上のパフォーマンスをするにはどうすればいいかということしか考えなかったですね。空気を吸うことも食べるものも飲み物も気をつけてました。現役の時は冷房がついていたら、「冷房切ってください」と言っていましたし。結構神経質になっていましたよ。
―すごくストイックになっていくんですね。
なっていっちゃいますね。結局コートに立つ時だけが試合ではないんです。コートに至るまでに、日常をどう過ごし、どう準備し、どう整えるかということから勝負が始まるんです。風邪をひいても自己責任ですし、熱も出せない。そうするとやっぱり今自分がやりたいということを最優先にしなきゃいけないんですよね。シャワーを浴びなきゃいけなければどんな状況でもあびるし、冷房がついていて風邪をひきそうだったら切ってもらう。タバコを吸ってる人がいたら「ここではタバコ吸わないで下さい」と言う。ストイックにならざるを得なかったですね。勝つためには。 そして、コートに入ってしまうと闘うしかないので、調子が悪いだのプレッシャーを感じるだの言っていても事は進んでしまうので、入ってしまえばもういいんですよ。一番のピークは試合の前、3日前位から前日までですね。その頃が何よりもいろんなことがあり過ぎるんです。現地に入る前というのはメディアとの接点も少ないのでまだいいんですよ。現地に行ってしまうとメディアとの接点も出てくる、大会の雰囲気もあって自分の気持ちが高まってくる中で調子を上げなければいけない、「試合にちゃんと勝てるかな」、「コンディションはいいのかな」、と考えているとそれはもう本当にプレッシャーのピークになるんです。その中でも他のプレーヤーと比べたら比較的オンオフの切り替えはできた方なのかと思いますけれど、年々プレッシャーが大きくなっていくのをどう跳ね除けるかという課題は、ずっとつきまとってましたね。(次週、後編に続く)
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