伊達公子さん(後編)
最終話となる後編のインタビューは現役を引退するきっかけや当時の心境から、引退後の活動の一つである「カモン!キッズテニス」について、そして今後の活動の展望まで、話を伺った。
(聞き手・写真:近浦啓(クレイテプス)/ 収録:2007年10月25日)
"もし負けたとしても必ず悔いのない負け方をする"
—「続・晴れのちテニス」の中で、プロの生活を終える時期、96年の9月20日に書いている記事があって、「満足感を貯金してきた」という表現がありますよね。とても印象的だったんです。プロを辞めるその当時、わりと早いのではないかという声もあったと思うんですが、決めたきっかけや当時の心境はどういう気持ちでした?
ことしで最後と決めてプレーしてきたわけではないけれど、いつでもやめられる心の準備をしながらプレーしてきました。少しずつ『満足感』が蓄積され、きっかけとなる出来事が幾つか重なって、シーズン最後の試合、それも日本の有明コロシアムで開催されるニチレイレディースに出場する直前に、気持ちに揺らぎがないことを確認して、引退することを決心したのです。
ラストゲーム—プロツアー転戦記最終篇「続・晴れのちテニス」
(中略)
苦手のクッツアーに勝ったし、逆転負けはしたもののセレスともいい試合ができたので、最後にもう一つ『満足感』を貯金することができました。(1996年9月20日 p.212)
(日本文化出版、伊達公子 著)
もともと94年に一度悩んでるんです。その頃に辞めたいという思いが一度山場としてあったんですが、それを乗り越えました。私、ツアーがずっと苦痛だったんです。試合は好きなんですけれどツアー生活ということになじめなかった。だったら94年を乗り越えた時にこれからは1年ごとに考えようと思ったんです。中途半端が嫌いな人間なので、95年に1年間やると決めたら、どんな結果になろうがとにかくこの1年間はシーズンを乗り越えようと思い、95年をやり通しました。95年は「勝負」にこだわって、ある意味勝負に出た年だったんですよ。
そして96年を迎え、年頭に「今年はツアーを楽しもう」と決めたんです。その中で最大限自分のできることをやろうと思いました。96年の最初の頃から、心のどこかでもしかしたら今年は最後かなという気持ちは自分の中にあったんですね。それが決定的になったのがウィンブルドンのトップ10ミーティングというものがあるんですけれど、その時にランキングシステムが変更になったこと、それも一つの決め手になったのかなと思います。
—寂しさはありましたか?
96年の全豪から始まり、全仏、全英と続くんですが、大きなトーナメント以外でも負けそうになると毎回、「もしかしたら来年ここには帰ってこないのかな」という気持ちは感じながらやっていましたね。だからこそ、どんな状況であれとことんやり尽くそう、と。この勝負にもし負けたとしても必ず悔いのない負け方をする、ということを常々考えながら闘っていました。
—それが結果的に満足というものを貯金してることと同じかもしれないですね。
そうですね。もちろん調子の波もありますし、相手のあるスポーツなので自分がいいプレーをしても負けることもある。ただその瞬間瞬間でできる最大限の事はやるという姿勢は崩さずにやってきたつもりです。悔いが残る試合というのは最後の最後の全米オープンの一回戦ですね。自分の中にももう辞めるという気持ちが固まっていた中で戦っていて、その前のツアーで優勝した疲れがあったり、自分の気持ちのコントロールがまだつかない段階で最後のグランドスラムを迎えるという複雑な思いがあったからかもしれません。あとはもうずっと寂しいと思わなかったし、その後も思わなかったですね。
"引退して2年位はほとんど体を動かすこともなかった"
—この本の最後に「自分のやりたいこととしてジュニアの育成というよりはもっと違うことをしたい。テニスというものでいろんなことを経験させてくれたので、何らかの形で関わっていきたいと思ってます」ということが書いてありました。これも有言実行だと思うんですけれど、後に「キッズテニス」を始められて、このあとがきに書いてらっしゃったことをそのままやってらっしゃるんだなと思いました。
引退したあとのことは、まだ何も考えていません。
ラストゲーム—プロツアー転戦記最終篇「続・晴れのちテニス」
(中略)
テニス協会の一員として、後輩の指導とか、ジュニアの育成というのも、わたしには向いてないでしょうから、これもないでしょう。でも、テニスは好きだし、わたしにいろいろな経験をさせてくれたテニスというスポーツに何らかの形でかかわってゆきたいという希望は持っています。(1996年9月20日 p.213)
(日本文化出版、伊達公子 著)
実は、テニスを辞めた時は絶対テニスに関わることはないかなと思ってました(笑)。本当にそう思っていて、しばらくスポーツからは離れたい、と思っていたんです。引退して2年位はほとんど体を動かすこともなかったですし、テニスの試合も見に行きたくなかった。それがその2年の中で徐々に変わっていったんですよね。
頭の中から離れなかった子供の笑顔の写真
—引退後に「キッズテニス」という形でテニスと関わっていかれることが本当に伊達さんらしいことだなと思いました。「楽しさを共有したい、伝えたい」という気持ちがとても感じられます。
ご自身がキッズテニスという形を選んだきっかけというのはどういったことだったんですか?
私にとって本当に感謝すべき点はテニスが強くなったことではなく、一人の人間としてテニスを通して自立心や判断力、決断力を養うことができたり、自分自身に自信を持つことができたり、人とのコミュニケーション能力を養うことができるようになったことなのだと思うのです。ちょっと偉そうに言うと、プロになってトップクラスの選手になったことよりも、テニスを通して人間的に成長できたことが何にも代え難い宝物だと思っています。
キッズテニス—「好き」を見つける「楽しい」を育む
テニスから学び、人々に伝えていきたいと思ったことは、そんなことでした。(p.33-34)
(岩波アクティブ新書、伊達公子 著)
キッズテニスというものが最初から形としてあった訳ではないんです。テニスを引退してから考え始めたのがちょうど1年か1年半後位だったかと思います。まず自分自身のテニス人生を振り返る心の余裕が出来てきて、その中で「テニスをやってきて本当に良かった」と思ったんです。
自分にとって何が良かったかを考えてみた時に、ランキング4位になったとか、グランドスラムでセミファイナリストになったとか、そういうことよりも、自立心や決断力や判断力を強く持てるようになったことが一番の収穫だという思いが湧いてきたんです。
テニスというスポーツは個人スポーツで、コートに入ればコーチのアドバイスも受けられない。相手のあるスポーツですからどんなにコーチと入念にプレーの作戦を練って、こういうプレーをしようと考えたところで、相手が違う作戦で出てきたら即座に自分で考えて作戦を変えていかなければいけない。そういう特殊なスポーツが、私を育ててくれたんじゃないかなという思いがあったんです。
そんな時にあるテニスの専門誌を見たら、子供が小さなテニスラケットを持って楽しそうにテニスをしている写真が目に留まって、その表情が忘れられなかったんです。子供と一緒にテニスをしたら、テニスをする環境がまた得られると同時に、子供達にもすごく楽しんでもらえるんじゃないかと考え始めました。もともと子供が大好きですし、一緒にテニスが出来たら私自身もすごく楽しいかもしれない、そう思ったのがそもそもキッズテニスを考え始めたきっかけなんです。
ただ、引退してまた自分が動き出すことにまだ抵抗があった時期でせっかく自由で解放されているのにその環境がなくなることに躊躇する気持ちもあった反面、その一枚の子供の笑顔の写真が頭の中から離れなかったんです。
それで子供とテニスをやってみたいという気持ちをテニスの仲間の人に相談し、どういう方法でどんなことをやりたいかを一つ一つ整理していったんです。そうやって自分のイメージしていたものを少しずつ形にしていき、できたものが「カモン!キッズテニス」なんです。
"夢中になるものとの出会いのきっかけを作りたい"
—その当時は少年犯罪やいじめの問題などが社会問題として話題に上がることが多かったですよね?
そうですね。よく見聞きしました。私も、テニスを引退して初めて、やっと周りを見る余裕が出てきて視野が広がり、いろいろな物事が見え、考えられるようになりました。その当時「キレる」という言葉が流行りましたよね。それで改めて自分の子供時代を振り返ったんです。
私の子供時代もいじめは全くゼロではありませんでしたが、今ほど陰湿なものではなかったような気がします。日替わりで誰かがいじめられるということは誰もが経験していることでしょうけれど、そういう時に私にはテニスという夢中になれるものがありました。どちらかというと私はいじめられることは少なかったんですけど、いじめてる子に立ち向かっていくと、今度は自分がターゲットになって返って来たりするんですよね。
テニスをやってる時にも、試合に行こうと思ったら自分のラケットがなかったということも経験しましたけど、それでも自分にはテニスという存在があったから、立ち向かう強い気持ちを持てたと思いますし、ダメージも少なかったと思うんです。それだけでなく、何か夢中になるものがあって「これが好き!」と思えることがあることで、自分自身が強くなったり友達も増えたり、様々なプラスの要素が生じてきたと思うんです。自分自身がそういう経験をしてきたからこそ、今の子供達にはそういう夢中になることに出会う事が少ないんじゃないか?それならその出会いのきっかけを作りたいと感じたんです。
—キッズテニスで子供達にテニスを教えていく中で伊達さん自身が「良かった」と思えることは何でしょうか?
子供というのは素直なんですよね。楽しいことは楽しいし、面白くない事は面白くないとはっきり言う。その素直さということからダイレクトに心に届くということが、常に新しい発見をくれるんです。それが何よりも一番大きいと思いますね。あとは子供の可能性の大きさ、秘めているものの大きさにも驚かされます。
"いろんなスポーツが楽しめる環境、アカデミーを作りたい"
—そのキッズテニスが継続して今ではとても大きくなっていますけど、今後この流れで「こんなことをやりたい」ということはありますか?
—そのキッズテニスが継続して今ではとても大きくなっていますけど、今後この流れで「こんなことをやりたい」ということはありますか?
それと同時に、日本でスポーツをもっと生活の中に身近に取り入れて欲しいという思いが現役の頃からあったんです。欧米の様々な場所を渡り歩いて、いろんなクラブや試合を見たりしている中で、何か日本とのギャップを感じていたんですが、その違和感のようなものが、テニスをやめてみて少し視野が広くなると、こういうことなんだとだんだん見えてきた気がしてるんです。私が何か繋げる役割としてやれることをやっていきたいと思っているんです。キッズテニスもその一つだと思っているんですけど、大きなことではいろんなスポーツが楽しめる環境、アカデミーを作りたいというのが最終的な目標ではありますね。
—たぶんそれも「有言実行」で実現しそうですね(笑)。
アハハハハ(笑)。
「パートナーピラティス」という習慣
—最後に伊達さんが今、パートナーのミハエルさんとも一緒にやられているピラティスについてのお話を聞かせて頂けますか?ピラティスはもともとコントロロジーって呼ばれていたんですね?ジョセフ・ピラティスが「意識で筋肉をコントロールする」と言っていた話を以前聞いて、すごく面白いと思っていたんです。
そうですね。ピラティスは奥が深いです。ただ、インナーマッスルを鍛えるだけでなく"流れ"もすごく大事にしているんですね。呼吸と流れと、もちろんコントロールと。やり続けていると本来の正しい姿勢になり、正しい体を得ることができるというのがピラティスなんです。
やればやるほど意識が高まってきて、それと同時に「あ、もっとこうしなければいけない」とわかってくる。そうするとだんだん難しくなりますね。
—姿勢が変わるだけでも体の健康状態も変わってきますか?
そうかもしれませんね。食べ物とかも極力気をつけているんですが、今までより更に何か敏感になるというか、自然と受けつけなくなる食べ物も出てきたりするんです。それから身長も1cm伸びました(笑)。
—「パートナーピラティス」という本も出されていますよね。「パートナーピラティス」という言葉は、まだ日本では一般的にも浸透してないというか、まだ聞き慣れていない方も多いと思うんですけれど、一人でやるのとはどういった点が違いますか?
私たちが、パートナーピラティスを勧めるのは、一人黙々と行うトレーニングの辛さを知っているからです。
パートナーピラティス(講談社、伊達公子 著)
一人で行うトレーニングは、つまらないものです。たとえば、心肺機能を上げるために2時間走り込みをするのは、時間がなかなか進まず、ただきついばかり。けれど、2人で走れば、会話もできるし、時間が経つのが早いのです。「一緒にやろう」「まだ走れそう?」と言葉をかけることでモチベーションが維持され、楽しさが苦しさを上回り、長続きします。これは女同士も同じです。(p.10)
自分だけで気づかないところがやっぱりあるんですよね。背中と背中を合わせたり、正面を向き合わなくても横を向いていたりして触れ合いながらやることで伝わることはありますね。ちょっとした柔軟性もわかりますし、気持ちや動きも「あ、今日は少しイライラしているな」とかわかるんですよ。私達は朝にやることが多いんですけれど、やることに集中できていなくて他のことに気が行っていたりすると、それも動きに出てくるんですよ。
私もピラティスは1人でも2人でもやることもあります。ただ何でもそうだと思うんですけど、1人で頑張るって相当意識がないと難しいことなので、2人でやれるほうが楽しくできますよね。
—また、ヨガとピラティスの違いがよくわからない方も多いですよね。
ピラティスはエクササイズとは違って気持ちの部分が見え隠れするんです。精神性という面では穏やかになれたりという部分で確かに精神的な変化はあると思うんですけれど、ピラティスはヨガほど強くないんじゃないかとは思います。私はヨガはどちらかというと瞑想的な感じがしますね。ピラティスの方がどちらかというとスポーツ寄りですね。ピラティスはいかに自分の体をマインドでコントロールするかということへの意識が強いのではないかと思います。
「心が豊かでいること」は
人生においてすごく大切なこと
—ピラティスのことに限らず、伊達さんが書かれた他の本を読んでいても思うんですけれど、伊達さんは生活を豊かにするということを本当に大事にされている印象を受けました。
それは私の中で人生のテーマの一つかもしれないです。やっぱりテニス一筋でずっとやってきたこともあるし、テニスをやっていた時もテニスプレーヤーとしてだけでなく女性として生きていきたいという気持ちもすごく強かったんです。テニスだけじゃなくて自分の人生も楽しみたい。楽しむ中で、「心が豊かでいる」ということもすごく大事だと思うんです。それも、やはり欧米を周って周りの人の生き方をずっと見ていてもとても強く感じていたことで、みんなテニスをやっていても自分の人生を楽しんでいて、何か自分というものを持っている人達が多いんですよね。
それと、私は今JICAのオフィシャルサポーターとして途上国に行ったりしますが、その時もみんな「洋服がない」とか「靴がない」と言っていても、心の豊かさはとても伝わってくるんですよね。
でも日本はというと、時間に追われて忙しさで仕事一筋になってしまったり、家庭を顧みずという人も多い。一人でいても家族といても、どこか心が寂しいという人達が多かったりしますよね。ともすれば、私もそういう風になりがちです。でも仕事をしていてもしていなくても、どんな時でも「心が豊かでいること」は人生においてすごく大切なことだと思うんです。私自身常に心がけていることです。
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